写真の整理で気分スッキリ

先日、家の改装工事を行った。今までは子供が使う部屋は二人で1つの部屋を使っていたのだが、兄弟も異性であるし上の子も中学生になるので、そろそろ部屋が必要かと思い部屋を分断することにした。今まで、同じ場所にすべての2人のものを分けることなく一緒にしておいたので、これからはそれぞれの部屋で保管することにしたので、まずは兄弟のものを仕分けることにした。仕分けると言っても、今まで生まれたときから10年以上一緒にしてきたものをそれぞれに分けるのだ。物の多さに途方に暮れる。どうしてここまで物が増えてしまったのだろうと思いながら一つずつ片付けていく。荷物をそれぞれの部屋に分けることもするが、もう時代が過ぎていらないものもたくさん残してあるので、分別に加えて捨てていく作業もしていく。本当にいるのかいらないのか、心を鬼にして捨てていく。そして、片付けも少し飽き気味になってきたところで、とうとう写真の束を見つけてしまったのだ。片付けに一番見てはいけないものを見てしまった。まだ小さい赤ちゃんの時の子供たちの写真、懐かしむあまりついつい片付けの手が止まってしまうのだ。これはまさに時間泥棒。その写真の数は数百枚。あの頃、育児に追われて日々過ごしていた自分を思い出す。子供たちもこんなに大きく成長してと幸せを噛みしめてみたりするのだ。そんな思い出に浸る時間など、全くないというのはわかっているのにこれだ。でも、今回出てきた写真は数百枚だが、他にもデジカメやスマホからプリントもしていないし、データ保存をしたり、とにかく写真の整理というものをまるでしていなかった。今後どのように保管をしていくのかということも家族で話し合ったこともなかった。子供たちももう10年以上は生きているが、デジカメやスマホの中の写真写真や一時的にパソコンに保存してあるものも含めてどのくらいの枚数があるのだろうか。ほとんどは子供の写真になるのだが、同じシーンのものを数枚撮り、その後にピンボケしていたり、タイミングが悪く写ってしまった写真もその場でいるものといらないものを分けておかなかったせいで、相当な量の写真を見て整理をしなければならないのかと思うとゾッとした。今まで、マメに写真の整理をしておけばよかったと反省をした。
それから部屋の片づけもそれなりに終わったので、この調子で写真の整理に移ろうかと思った。まず、今プリントしてあるものは、それぞれの兄弟で写真を分けてアルバムに保存した。たまに自分たちも思い出して見てくれたら嬉しいものだ。あとはデジカメの写真。まずはデジカメをパソコンに繋げてデジカメ内の写真を見ていく。同じような写真ばかりだが、早く処理をしたいが、処理をするのにプレビューで1つずつ見ていくと時間がかかる。だからと言って、サムネイルでは子供の表情やボケ感がわからな過ぎるので、大き目に表示をしてみるが、そうなると表示にかかる時間が長くなる。今まで整理をしてこなかった自分が悪いのだと思い、ここからは気の遠くなる作業が続く。うちは、子供の作品も写真で保管することにしているのだが、それも必要以上に同じような写真を撮っていてどれも捨てがたいとなる。どこか旅行へ行った時の写真も、風景や子供たちのしぐさなどが違うので、それも捨てにくい。どれもこれも子供たちの成長を写しているし、家族の思い出なのだ。だが、明らかにピンボケしていたり関係ないものまで写真として残っているのは、子供がデジカメで写真を撮りたいと言って、撮らせてあげたものだった。一応、子供たちに「あの時デジカメで撮りたいと言って撮った写真は覚えている?」そう尋ねてみたら、すっかり忘れていたようで残さないで捨ててほしいと言われた。思い出として取っておきたいと思うのは親だけなのだ。それにしても、どうして撮ってすぐにピックアップして残しておかなかったのだろうかとまた反省をする。結局、一年間の写真を整理するのに捨てられた枚数もほど少なく、これではいくら時間があっても足りないし、残しておくデータ量もあまり変わらないのでこれでは意味がないと思った。みんな写真をどうしているのだろうか。撮ったらすぐに整理をしているなんて人は滅多に出会ったことがないが、例えば仕事で何枚も写真を撮る人をどのようにして、とっておきの一枚を選ぶのだろうか。そういえば、写真を仕事にしている友人が数千枚の写真から写真を選ぶ場合、最初の方に撮った写真が良いと話していた。でも、それでもやはり選びにくい場合もあるらしい。多くの写真の中で捨てると考えて選ぶと、やはりなかなか捨てられないようだ。だから、自分で残したい写真を選ぶという感覚に変えることで、だいぶ写真の選び方、残し方が変わると話していた。写真を撮る人の目線と撮られる人の目線が合っていることは、残す写真としての条件であとはどの場所でどのような時間で共に過ごしたということがわかる写真を残すのもよいと話していた。家族で出掛けた場合の写真は、確かにどこを訪れたということがわかる写真を残していることが多い。だからこそ、選ぶのに苦労してしまう。しかもピンボケしていても子供の表情がよかったりする写真はどうしたらよいのか。これは、物によってはとっておくことに決めた。枚数が多いからと言って、すべてを捨てる必要なない気もするが、基本ピンボケなので、少し厳しめに選択することにした。それからどうしても選ぶのに迷った場合、子供に見て決めてもらうことにした。彼らの中で、その写真を一目見てどこの場所でどのようなシチュエーションで撮ったものかわかれば、それは記憶を思い出せるものだから、貴重なものと考えた。
思い出となる写真をどのようにとっておくかというのは大事なことだ。子供たちの成長もその時にしかない大事な一枚であることも間違いない。しかし、何でもかんでも残しておくことは必要ではない。どの写真も全てずっと残しておきたいと思う写真だからなおさらだ。デジカメの写真もその日のうちに、振り返るという意味でもその日に撮った写真を見直して明らかにピンボケしていたり的外れの写真などは削除しておく必要がある。スマホに関しても、簡単に撮れるので次から次へと撮れるだけ撮ったとしても意外と同じ写真ばかりという結果になりやすいので、最初からたくさん撮らないことだ。それから期間を決めて残しておく枚数を決めるのもよい。そうすれば、後から膨大な量の写真を処理しなくても済む。例えば一か月間に10~20枚とか決めれば、年間通しても120枚~240枚程度に収められる。写真を捨てるではなく、残すという発想は他のことでも活用できると思った。そういえば、クローゼットの整理もこれに似たやり方で洋服を分別できた。捨てるというよりは、残したいものを残すという考え方は同じだ。
結局、写真は数千枚あったものをだいぶ減らすことができた。整理し終わったたら、後はCDに焼いて保管、手元に置いておきたい写真はプリントアウトして、子供たちのアルバムにしまうことができた。大量の写真の中から、残すべき写真を選んだのだが、データとして保管したままだと見る機会も減ってしまうので、ベストショットはなるべく家の中に飾ることにした。時間はかかったものの、長年気にかけていた写真の整理ができたことで、気持ちもすっきりとした。これから、子供たちもまた大きくなって家族で出掛ける経験も少なくなってくる。思い出を大切にこれからも良い写真を撮り続けたいと思う。

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このブログの監修者

木林 充尚

1980年静岡県生まれ。浜松医科大学卒業後、美容整形外科を中心に、様々な医療現場を渡り歩く。医師時代に培った経験を活かし、医療脱毛、育毛、ダイエット、スキンケアなどの記事監修を手掛ける。現日本医療脱毛安全医科学会理事、発毛先端医療研究会副会長、日本肥満健康医学会名誉会員など。様々な分野で日々研鑽を欠かさない姿は医師の鑑そのものである。



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